ABMsの入門と「An Agent-Based Model of the Local Spread of SARS-CoV-2: Modeling Study」の紹介

こんにちは、プロジェクト推進部のStaffiniです。
去年10月から、東京大学の大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻で客員研究員として、計算疫学やヘルスケアのためのAIアプリケーション等を研究しています。

今回は、新型コロナウイルスに対する対策の有効性を解析するエージェントベースモデル(ABM)を用いて分析を行い、『JMIR Medical Informatics』 というジャーナルで2021年4月にパブリッシュされた論文「Agent-Based Model of the Local Spread of SARS-CoV-2: Modeling Study(SARS-CoV-2の局所感染エージェントベースモデル:モデリング研究)」(https://medinform.jmir.org/2021/4/e24192)を紹介します。

初めに

この章では論文の内容を紹介する前に、前提となる ABM および疫学におけるABMの適用性について説明します。

ABMは、複雑なシステムをシミュレートするためのアプローチの一つです。広く活用されるようになったのは比較的最近のことですが、エージェント同士が相互作用し、経験を学習しながら、行動を環境に適応させるシステムをモデル化できるという特性から、現在では重要な役割を果たしています。

簡単にまとめると、ABMは以下の3つのコンポーネント(要素)で構成されています[1]
  • エージェント
    エージェントは、エージェント同士が相互に、及びそれらが存在する環境と相互作用することによって情報を交換するモデル内のエンティティ(実体、存在)として考えることができます。 エージェントは、動物、個人、組織などを表すことがあります。また、エージェントはプログラマーによって定義されたルールに従って動作します。各エージェントには、固有の特性であるプロパティ(行動目的など)があり、それによってエージェントが属するグループを決定します。例えば、エージェントごとに健康な人、またはウイルスの陽性者を表すことができます。

  • 環境
    エージェントが存在する空間です。

  • 時間
    通常、シミュレーションはいくつかの離散時間ステップ(ticks)で構成されます。 各ティックで、エージェントはルールに従って動作し、環境が動的である場合は更新されます。

エージェントの定義は一意ではありませんが、エージェントはいくつかの本質的な特性を備えている必要があると一般に考えられています[2]
  • 自律性
    エージェントは、環境や他のエージェントとは独立して動作します。 エージェントの行動は、環境からの情報とエージェント間の関係に影響されます。 出現する全体パターンは調整されていませんが、エージェント同士の相互作用から始まり、bottom-up(つまり、エージェント同士の単純な個々の相互作用は、より複雑な全体像を形成するということ)から出現します。

  • 相互依存
    エージェントの相互依存は、直接的には隣接するエージェントの動作の模倣などのメカニズムを通じて、また間接的にはエージェントの行動に影響を与える環境の変化を通じて、発生する可能性があります。

  • シンプルさ
    単一のエージェントの動作を決定するルールは比較的単純です。また、モデルから得られる全体的な結果は、エージェント間における複数の相互作用の結果です。

図1は、ABMの要素を定型化された方法で表したものです。

図1 ABMの要素 [3] 。

またABMは、実験が不可能な状況や、非常に費用がかかる状況(例えば、社会保健政策の効果)において使用できる便利なツールでもあります。

疫学は、ABMを利用した最初の分野の一つでした。 ABMは、いくつかの理由から、エピデミックと感染症の蔓延をシミュレートするのにも効果的なツールです [4,5] 。特に、エージェントベースモデルが異種の状況とエージェントの相互作用をキャプチャできるため、ウイルスの発生を全体的に把握できます [6]。 さらに、伝統的な疫学は個人が住む環境を直接考慮していないです。これらの要因は、ウイルスの伝播において重要です。 エージェントシミュレーションにより、これらの重要性の高い課題を克服できます。

さらに、ABMには、モデル展開の前にvalidation(検証)とcalibration(較正)というフェーズがあります。

モデルの「検証」は、モデルが有効で信頼できる結果を生成できるかどうかを判断するプロセスであり、それにより、モデルは分析の基礎として機能します[7]。検証のプロセスは、モデルが実際のシステムにどれだけ近づいているか、およびモデル開発の当初の目標を満たしているかどうかを評価するのに役立ちます。

検証と共に、モデルのパラメーターを決定するのが「較正」のプロセスです。具体的に較正とは、パラメーターの値の範囲を特定し、実際のデータに合うようにモデルを微調整します。 これは、最適なパラメーターをつけるための最適化方法を使用して行われます。

同時に、検証と較正の両方が、ABMの課題の一つです[8]

図2 ABMの一般的な検証と較正のプロセス [9] 。

ABMは、その構築方法により、定性的な観点からは良好な結果を得ることができますが、定量的な結果を正確に取得するためにはお勧めできません。ABMの特徴は、エージェントが様々な状況に直面し各々動作するため、各シミュレーション結果がそれぞれ異なるという点です。 検証に合格したABMは、プロセスの定性的な再構築により忠実に動作しますが、定量的な結果は類似しているものの、結果はシミュレーションごとに異なります。

 論文の内容

この論文のテーマは、新型コロナウイルスの蔓延が政府の政策とどのように関連しているかを研究し、様々な政策が公衆衛生にどのような結果をもたらしたかを分析することです。
特に、4か国(イタリア、ドイツ、スウェーデン、ブラジル)から提供された公式データを利用し、各国政府が実施した対策から、様々な封じ込め対策が時間の経過とともに及ぼす影響を調査するため、ABMを構築。新型コロナウイルス症例の総数、集中治療室(ICU)のベッド占有率、回復率と致死率など、さまざまな変数に対する封じ込め措置の影響を調査しました。

構築したモデルは、いくつかの開始変数を変更するオプションもあり、政策(例えば、国境を閉鎖したままにする、またはICUベッドを増やす)が感染の拡大に及ぼす影響を調査することができました。

また、今回はNetLogoを使用してモデルを構築しました。目標は、致死率と病院への圧力の両方の観点から、的を絞った対策を通じて、パンデミックの蔓延によって引き起こされる被害をどのように制限できるかを示すことでした。

図3は、イタリアのシミュレーションの途中で、エージェントが相互作用する環境を示しています。また、各色が示すエージェントは以下の通りです。

・白:健常者
・赤:ウイルス保因者
・オレンジ:インキュベーション(潜伏期間)中のウイルス保因者
・灰色:免疫保持者
・緑:無症候性キャリア(健康保菌者)
・青:入院中の人
・水色:自宅で隔離されている人
・黄色:死亡者

図3 エージェントが相互作用する環境。

図4は、相互作用メカニズムの簡略化されたフローチャートです。
興味がある方は、元の論文に詳細な説明がありますのでご覧ください[10]

図4 モデルの相互作用メカニズムの簡略化されたフローチャート。

エージェント間の相互作用からは、さまざまな変数の進化を観察できます。
例えば、図5-aでは、イタリアのウイルスの保因者、入院している人、自宅で隔離されている人、無症候性キャリアの数値を示しています。また図5-bでは、あるシミュレーションについて、イタリアの伝染推移を表しています。

図5 (a)イタリアのシミュレーション結果:ウイルス保因者(赤)、入院している人(青)、自宅で隔離されている人(黒)、無症候性キャリア(緑)の数字。(b) イタリア伝染の推移。

前述のように、今回提案したABMモデルの強みの1つとして、開始条件を変更できる点があります。 例えば、R0インデックスとReインデックスの進化を、国境を閉鎖した場合とそうでない場合の両方で比較するシミュレーションを実行しました。図6は、2つのインデックスの変化を示しており、伝染値がなくなると新しい感染は発生せず、境界は閉じたままであることを示しています。

図6 (a)イタリアのR0とReインデックスの変化(国境が開いたままの状態)。(b) イタリアのR0とReインデックスの変化(国境を封鎖した状態)。

考察

・イタリア
イタリアのシミュレーションでは、スウェーデンやブラジルのシミュレーションと比較して新型コロナウイルス症例の総数が少なく、政策として採用された「封じ込め対策」が成功したことを示しています。入院患者と隔離患者の数は、引き続き抑制されているようです。

全体として、これによりR0とReが大きく変動し、感染数がわずかに増加すると、インデックス値が大幅に増加します。さらに、イタリアのシミュレーションでは、無症候性キャリアの数がゆっくりと減少していることが示されています。
検出が難しい無症候性キャリアの数がゆっくりと減少するため、ウイルスは存在し続けます。これは、新たな感染の可能性が高まっていることを示しており、2020年7月1日時点で実施されている封じ込め措置の勧告が継続された方がいい可能性もあります。

さらに、封じ込め措置の実施を継続することは、免疫を持つエージェントが比較的少ないという事実によって強化されています。私たちのモデルは2020年6月末に実装され、その時点で入手可能な統計データを使用しました。モデルの推測データによると、国境間移動の再開と人々の自由な移動により、感染者の数は再び増加すると示しています(それにより、国の封じ込めの取り組みが部分的に無効になります)。


・ドイツ
ドイツの場合、モデルは伝染のピークとその漸進的な下降を分析し、今後数か月の間に起こりうる進展を予測することができます。

ドイツのシミュレーションでは、感染者の数が比較的少なく、R0インデックスとReインデックスが大きく変動している状況が示されています。感染率が低いと、致死率が非常に低くなります。ただし、免疫力のある人の割合も低くなります。

イタリアのシミュレーションと同様に、陽性症例の数が少なく、免疫者の割合が低いのは、新型コロナウイルスの蔓延を抑えることを目的とした政策実施の結果です。全体として、ドイツのシミュレーションの結果は、入院および隔離に関して管理されている状況下において、イタリアで得られた結果とそれほど変わりません。
さらに、イタリアについては、無症候性キャリアの症例が依然として記録されています(1%)。これは、新型コロナウイルスが依然として集団のなかに存在し、封じ込め措置が緩められた場合にウイルスが拡散し続けるリスクがあることを示しています。モデルは、2020年6月末のデータから始まり、この無症候性キャリアの人々の割合が、新たな発生の形成とウイルスの比較的新たな蔓延につながると正しく予測していました。


・スウェーデン
スウェーデンのシミュレーションは、最初に記録されたケースから、1年後にはほぼ制御されていない状況を示しているため、イタリアやドイツで得られたものとはまったく対照的です。

これらの不一致は、スウェーデンの公衆衛生局によって開始された封じ込め措置が、比較的限定されていたことが原因である可能性が最も高いと言えます。その理由として以下のことが考えられます。

まず、シミュレーションを通じてR0とReの両方が高い値を維持し、R0が1を下回ることはありません。次に、シミュレーションの終了時に、新型コロナウイルス症例の総数はイタリアやドイツよりもはるかに多くなります。 多数の入院および無症候性の症例が特に懸念されています。 第三に、回復した症例の割合(60%)は、他のどの国のよりも低く、 第四に致死率(18.4%)が、ドイツ、イタリア、ブラジルで得られた致死率よりも高くなっています。


・ブラジル
モデルは、分析された4か国の中でブラジルが新型コロナウイルスの症例数が最も多いと予測しています。 これはおそらく、イタリアやドイツとは違い、スウェーデンの決定政策と類似しているブラジルの決定政策によるものです。 その結果、ブラジルとスウェーデンは分析においても多くの類似点がありました。

特に、ブラジルの総症例数はスウェーデンの症例数に類似しており、イタリアやドイツよりもはるかに多く、より制限の少ない封じ込め措置を採択した結果であると想定されます。 さらに、R0とReは強い変動を示さず、シミュレーションの間、R0は1を超えたままです。

一方で、制御不能と見なされる可能性のある状況にもかかわらず、ブラジルはスウェーデンよりも著しく低い致死率を示しています(ブラジル10.2%に対してスウェーデン18.4%)。 これは、高齢者の割合が低さが原因である可能性が最も高いです(スウェーデン19.8%に対してブラジル8.6%)。さらに、 ブラジルとスウェーデンのもう1つの注目すべき違いは、回復率(スウェーデン60%に対してブラジル74%)です。これも、おそらく人口統計上の年齢分布の違いによるものと考えられます。

結論

シミュレーションの結果、3つの主要な結論につながります。
第一に、フェイスマスクの強制使用や社会的距離の実施を含む厳格な封じ込め措置により、新型コロナウイルスの症例数が減少します。
第二に、ICU病床の数は、致死率を減らすための重要な指標です。
第三に、集団免疫に到達することはできないため、封じ込め措置を緩めることによって集団免疫に到達することを目的とした国家戦略は避けるべきである、ということです。

さいごに

この研究のきっかけは、新型コロナウイルスの蔓延の最初の数か月で、最も効果的な封じ込め手段が何であるかについての不確実性から生じました。 さまざまな国 (検討対象の 4 か国など) が異なる対策を採用していたので、これらの対策の有効性を評価するためのモデルを構築してみたいと思いました。
近頃のワクチン接種キャンペーンが果たした役割を考慮して、この研究を拡張することは面白いと思います。

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参考文献

[1] Macal C.M., and North M.J.: “Tutorial on agent-based modelling and simulation”, Journal of Simulation 4, 2010, pp. 151-162.
[2] Macy M.W. and Willer R.: “From Factors to Actors: Computational Sociology and Agent-Based Modeling”, Annual Review of Sociology 28, 2002, pp.143-166.
[3]Turrell A.: “Agent-based models: understanding the economy from the bottom up”, Quarterly Bulletin 2016 Q4, Bank of England, 2016.
[4] Eubank S., Guclu H., Kumar V.S.A., Marathe M.V., Srinivasan A., Toroczkai Z., Wang N.: “Modelling disease outbreaks in realistic urban social networks”, Nature 429(6988), 2004, pp.180-184.
[5] Bobashev G.V., Goedecke D.M., Yu F., and Epstein J.M.: “A Hybrid Epidemic Model: Combining The Advantages Of Agent-Based And Equation-Based Approaches”, Proceedings of the Winter Simulation Conference, 2007.
[6] Hunter E., Mac Namee B., and Kelleher J.D.: “A Comparison of Agent-Based Models and Equation Based Models for Infectious Disease Epidemiology”, AICS, 2018, pp.33-44.
[7] Berger T., Goodchild M., Janssen M.A., Manson S. M., Najlis R., and Parker D. C.: “Methodological considerations for agent-based modelling of land-use and land-cover change”, in “Agent-based models of land-use and land-cover change”, Report and Review of an International Workshop October 4–7, 2001, Irvine, California, USA.
[8] Crooks A. T., Castle C. J. E., and Batty, M.: “Key challenges in agent-based modelling for geo-spatial simulation”, CASA Working Paper 121, 2007.
[9] Ngo T. A. and See L. M.: “Calibration and validation of agent-based models of land cover change”, in “Agent-based models of geographical systems”, Dordrecht Springer, 2012, pp. 181–196.
[10] Staffini A., Svensson A.K., Chung U.I., and Svensson T.: “An Agent-Based Model of the Local Spread of SARS-CoV-2: Modeling Study”, JMIR Medical Informatics 9(4), 2021.

Staffini

プロジェクト推進部所属。予測モデルの構築が好きです。コーヒーなしでは生きられないです。